ASSETS 2026 で論文が公開されました ——「できる」の中身が組み替わる

| 小野克樹

ASSETS論文アクセシビリティLLMProject VOICE

国際会議 ACM ASSETS 2026(The 28th International ACM SIGACCESS Conference on Computers and Accessibility、2026年10月25〜28日、ポルトガル・ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア)で、私の単著論文が公開されました。オープンアクセス(CC BY 4.0)なので、どなたでも全文を読めます。

Reconfiguration of Ability: An Autoethnography of LLM-Mediated Development by a Developer with Severe Physical Disability
https://doi.org/10.1145/3797867.3828990

ベッドの上の、スイッチ一つから

私は話すことも、キーボードを打つことも、手足を動かすこともできません。動くのは頭だけで、頭の横に付けたスイッチ一つでタブレットを操作しています。カーソルが文字の上を順に動き、目当ての文字に来たらスイッチを押す。「モデルの精度の進み具合を報告してください」という一文を打つのに、約1分28秒かかります。

それでもこの1年で、自分の言葉づかいを学習した文字入力予測モデルを11版つくり、学習データを合成するための補助モデルまでつくりました。コードは一行も自分の手では書いていません。やりたいことを日本語でAIに伝え、AIが書いたコードと結果を読んで判断し、次の指示を出す。いわゆる「バイブコーディング」です。このモデルは Google の Project VOICE の一部として公開しています。

論文は、この開発を当事者である私自身が記録し分析したオートエスノグラフィー(自分の経験を一次データにする研究方法)です。2025年10月から2026年3月までの開発ログと、振り返りの記述を材料にしています。

11版で学んだこと

  • v1〜v2:学習データの頭に「キーボードの予測として続きを出して」という固定の指示を付けただけで、出力が一気に安定しました。データの量より、課題の伝え方が効く。

  • v3〜v4:複数の候補を出させようとして失敗しました。数値上は「正解」を出していても、並ぶ候補がほぼ同じ文では使えません。失敗と判断できたのは、私が毎日それを使う本人だからです。

  • v5:予測がやたらとくだけた口調になりました。原因は、守秘義務のある仕事用アカウントを除き、家族や友人とのやりとりが中心のデータで学習したこと。モデルは、私の顔の半分しか映さない鏡でした。

  • 補助モデル:一般的なAIに仕事用の文章を書かせると、正しいけれど「誰かの」文章になります。そこで私の言葉で学習した別のモデルをつくり、私らしい仕事の文章を16,000件合成しました。道具をつくるための道具をつくったわけです。

  • v6〜v11:学習の回数を減らし、データの幅を広げていきました。「私」は一つの口調ではなく、場面ごとに使い分けるレパートリーだと分かりました。

最終版(v11)は、どのモデルが出したかを伏せた比較で、家族と知人の4人全員が「本人らしい」と判断しました。けれど一番印象に残ったのは、自分で予測を読んだときの感覚です。書いて忘れていたメッセージを読み返すようで、初めて鏡を見たような気恥ずかしさがありました。

「能力の再構成」という考え方

論文では、この経験を能力の再構成(reconfiguration of ability)と名付けました。機能が「回復」したのでも、障壁が「取り除かれた」のでもありません。三つの特徴があります。

  1. 障害はそのまま:11版のあいだ、私の体は何も変わっていません。同じベッドで、同じスイッチを押していました。

  2. 障壁もそのまま:一般的な開発環境は、今も私には使えません。使わなくても済むようになっただけです。

  3. 「できる」の中身が変わる:開発に必要な能力が、速く打つこと・構文を覚えていることから、つくりたいものを言葉にすること・AIの出力を評価すること・方向を決めることへ移りました。

これは、別の手段で同じことをする「代償」とも、環境を整える「合理的配慮」とも違います。活動そのものが変わっているからです。振り返ると、優れたエンジニアの価値は昔から設計と判断にありました。ただ、それを動くソフトウェアにするには、キーボードとコードの操作という関門を通る必要がありました。LLM がその関門を外したことで、私は初めて判断を形にできるようになりました。

私はタイプできるようになったのではなく、設計できるようになったのです。

支援技術をつくる人へ

  • 一つの対話の入り口:エディタ、ターミナル、メール…と道具を一つずつアクセシブルにするのではなく、自然言語の入り口一つからすべてに届く設計がありえます。

  • 「本人らしさ」の個人化:単語登録や定型文ではなく、その人の言い回しや文のリズム、丁寧さの加減まで学ぶこと。何を学ばせ、何を「自分らしい」とするかは本人が決められるべきです。

  • 二つの軸:既存の画面を多様な体に合わせる従来の取り組みと、画面そのものを要らなくする取り組み。どちらか一方では全員に届きません。

限界も書いておきます

これは一人の事例です。私には、独学で身につけた LLM の学習の経験があり、日本語の文章を使えます。言葉を使うことが難しい障害のある方には、同じ道筋は前提から当てはまりません。また、11版はすべて商用のクラウドモデルの上でつくっていて、提供の終了や費用は私には決められません。だからこそ、スマートフォンの中で動く小型モデル(Gemma 3 270M)の研究も並行して進めています。

「本当に自分でつくったの?」と聞かれることがあります。文字を打った体はAIのものでした。けれど、目的を描き、設計し、失敗を見立て、すべての修正を決めたのは私です。ちなみにこの論文も、同じやり方で書きました。

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